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すべての不幸の生みの親は、嫉妬心

こんばんは、明日やろうは馬鹿野郎、santapi総研です。

 

先日、知人のSNSに自分の発言が晒されるという出来事があった。歪曲された投稿だったが、そんなことより、私の発言が平仮名で全部書かれたことを極めて遺憾に思う。平仮名で書くと戯言に聞こえるじゃないか。ちなみに、平仮名が許されるのは石田ゆり子Instagramの「#ハニオ日記」だけである。

 

何を晒されたのか詳しくは書かないが、「人と比べることは不幸の始まり」という最近気に入っているフレーズがきっかけだった。この思考は「好きの反対は嫌いじゃない、無関心」くらいありふれていて、数年前にふと立ち読みした金持ちと結婚するための婚活本にも書いてあった。

 

「人と比べることから悲劇は始まんねんで」

 

文言は多少違うかもしれないが、関西弁だったことだけは確か。

 

そして昨年、人生の大先輩に言われて確信したのである。

 

「僕、人の自慢話って嫌いじゃないの。僕にとってはすごいことでも何でもないけど、喜んでるのを見るのは嬉しいから、良かったなって言える。」

 

“あなたにとっての幸せに心から拍手を送ります”というスタンスでいれば、結婚テロなどと慌てることもない。「だって私のことじゃないし」という余裕がある。

 

一方で、これが超綺麗ごとであるのもわかる。嫉妬にくるうのは、テレビ越しに羽生結弦選手の世界最高点スケーティングを見ているときではない。自分が何かにジョインしていて、誰かと同じものを目指し、そっちは手にしてこっちは手に入らなかったときだ。あるいは、既に手にしていることに気づかない、という欲張り構造もある。

 

そりゃ、簡単なことじゃないよ。奥さんと奥さんの昔の恋人との信頼関係を見せつけられたら、チョコばかり食べて、般若のような形相で髪をかきむしり、拳で壁に穴をあけてしまうよ。「なんでいっつもカズなんだよ!」「俺はカズとは違う!」ってなるわ。(『A LIFE ~愛しき人~』より)

 

あるいは、ずっと片思いしてきた男性を手に入れるためなら、自分を不自由な身体にしたという嘘を信じこませ、結婚して責任をとってもらうかもしれない。そりゃ、体外受精で彼の子を身ごもったりもするよ。(『奪い愛、冬』より)

 

でも、嫉妬している間じゅう、ずーっと苦しいのだ。寝ても覚めても負の感情が頭から離れないし、疑心暗鬼になるし、らしくない悪口が口をついて出て自己嫌悪にも陥る。そう、情緒不安定のオリンピック代表である。

 

自分で自分の価値を認めるのは簡単ではないし、いつもいつでも上手くいくなんて保証はどこにもないけれど、どこかでそれをしないと一生苦しむのである。カズ(キムタク)も自己卑下する壮大(浅野忠信)に言っていた、「自分の価値に気づけてないのは自分が認めてないだけだろ?」って。

 

しかし、この承認欲求という魔物を手なずけるのがまた容易ではない。自分で自分を褒めて満たされるのは自己肯定力の逞しい人だけであり、それ以外の人は、血の通った他人に褒められたがる。つまり、身内でもAIでも無理なのだ。

 

だが、褒める方の身にもなってみろ、そんなに暇じゃないから。褒めてほしがってるのはわかるのに、上手く褒めてあげられないことだって多々ある。というのも、褒めてほしがる人の話し方は「察して」感が強いのだ。「何それ超めんどくさいんですけど」とでも名付けよう。

 

昨日髪切ったんだ。

今ダイエットしてて。

こないだナンパされちゃってさ。

 

このように、ふわっと投げかけられる近況報告には「褒めてほしいの察して」という主成分が含まれている。こんな風に。

 

昨日髪切ったんだ。(可愛くない?)

今ダイエットしてて。(やせてるじゃーんって言って、はよ!)

こないだナンパされちゃってさ。(モテる女のしんどみ!)

 

もっと褒められたいVer.で言うと、オプションで自虐コーティングをお付けしましたみたいな人もInstagramでよく見かける。こんな風に。

 

私の顔、M美ちゃんの10倍(;・∀・) #遠近法じゃありません #超絶美女と話せてしあわせ #明日からダイエット #いつも言ってる←

 

どこかの指原梨乃が「怖い怖い怖い!絶対思ってないでしょw」とか言って奇襲してきそうである。

 

褒めてほしがる人の「察して」という雰囲気が、逆に褒めてやんないぞ!という気持ちにさせる最大の要因は、その事柄が大したことないからだと思う。大前提として、すごいことをしている人はオートマチックに褒められるものだが、そういう人は大抵人格者だから褒められることを求めはしない。ますます称賛は集まるし、人望も厚くなるし、たぶん羽生結弦という名前である。

 

弱いカードでも褒めてくれるのは、身内とか恋人とか自分を狙ってる人だけで、そもそも他人に褒められるためには小手先テクが必要だと思うのだ。

 

小手先テクとは、例えば褒めてほしいことを自分が先に言ってしまうこと。こんな風に。

 

昨日髪切ったんだけど、可愛くない?えー可愛くない!?えーぶっちゃけ前よりいいでしょ!??

 

どこかの横澤夏子みたいだが、大丈夫、察してちゃんより全然褒めやすい。思うに、人との会話で一番楽なのは、オウム返しなのだ。あんまり聞いてなくても、聞いてる風を出せる。それに誘導があると、どう褒めてほしいのかを間違うことがない。

 

可愛いと言われたら、可愛いと返す。

大変だったと言われたら、大変だったねと返す。

私の方がM美ちゃんより可愛いと言われたら、私の方がM美ちゃんより可愛い……じゃなくて、あなたの方がM美ちゃんより可愛いと返す。

 

この小手先テクだが、語尾を(笑)にする、褒められたら褒め返す、何回も同じ人にはいかないという基本ルールを押さえれば、褒められる確率はぐっと上がるだろう。自分で自分を褒めて相手にも褒められれば、イイ気分は単純に倍なので、メンタルヘルス的にもよさそうだ。

 

ここからは冗談抜きで言うが、最初に自分で自分を褒めるのは意外と大事だ。自分をよく知っているのは自分だし、労わってあげられるのも自分以外にいない。人と比べたら全然できてなくても、人と比べる必要が果たして本当にあるのだろうか(いや、ない)。

 

よく海外ドラマで、何か責められるようなこと(大抵不倫)をした人が「僕は悪い人間じゃない」とかなんとか言って許しを乞うシーンがあるが、健やかなるときも病めるときも自分は自分の味方でいないといけない。そうじゃないと一生、情緒は不安定なままだ。

 

結論、端的に言って、すべての不幸の生みの親は嫉妬心である。羽生くん、おめでとうございます。

 

santapi総研