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松本伊代の線路内立ち入り、「私は絶対しない」と言える理由

こんにちは、ゆりやんレトリィバァのLINEスタンプを購入したsantapi総研です。ちえみより~夏子より~ゆりやんがすっき~~。

 

先日、小学校の同窓会のお知らせがLINEで来た。正確には「○○小学校6年×組同窓会」という名のついたグループLINEへの招待が。こういうのマジで警戒するのだが、拒否するほうが目立ちそうなので承認した次第である。

 

小学校6年生の頃なんて、ろくな思い出がない。中でも、クラス対抗の長縄大会(1人ずつ入っては抜けていくスタイルで、連続回数を競うもの)の練習で、クラスで1人だけ入れなかった思い出黒歴史ナンバー1(断トツ)。大会までには入れるようになり、私のクラスが1位を獲ったというちょっとイイ話なのだが、あーあツラかったなあって思いだけが色濃く残っているのである。あーあ長縄を回す係にしてくれればよかったのになあ、という恨み節も未だに出る。やれやれ。

 

長縄に入れなかった子供は基本、大人になってからも困る。

 

人混みで人を上手く避けられないとか

信号の無い横断歩道で、渡るタイミングがつかめないとか

運転中、延々と右折できないとか合流できないとか

 

体が勝手に動く感覚(と度胸)が備わっていないので、人に迷惑をかけない程度だが生きづらさを感じているのである。

 

最近世間を騒がせたニュースに、タレントの松本伊代早見優の「線路内立ち入り騒動」がある。松本伊代が自身のブログに、京都の線路内に侵入して撮ったツーショット写真を載せたことで炎上。書類送検の事態にまでなった。

 

ワイドショーのコメンテーターも、「うーん、注意書きの看板に気づかなかったんですかね……?」とか、悪いっちゃ悪いことだけど何か厳しすぎない?みたいな心境からか月並みなことしか言えない始末。きっと明日は我が身と思って、SNSで何らかの写真を消した人も少なくないだろう。この騒動とは関係ないけれど、知人は裁判員裁判の候補者に選ばれたって話をFacebookに投稿し、その翌日には消していた。そう、「普通投稿しなくない?しなくてよくない?」ってことを無邪気に投稿する人は一定数いるのである。

 

でも私は「線路内に立ち入ることはない!」と正々堂々と言える。それはなぜか。法令遵守がどうとか常識がどうとかの話ではない。長縄に入れなかった子供が、線路内に入るわけがないのだ。TBS『モニタリング』で小説を出しませんかと持ちかけられて「小説を書く書かないではなくて、書けない」と言った、男気溢れる武田修宏風に言うならば、線路内に入るか入らないかではなくて「入れない」のだ。

 

だって、「カンカンカンカン」って警報音がもう怖すぎる。普通に踏切を渡るときだって怖いのに、あの限られた時間内にどうして線路内に侵入してポーズがとれるの?もっと言えば、どうして写真が撮れるの??私が新米マネージャーだったとして、和田アキ子に撮るのを指示されたとしても断る。電車のほうが怖いもん。

 

松本伊代のブログに書かれた「京都 竹林の道の途中 踏切で 優ちゃんとパシャリ」「その瞬間 踏切が鳴り 慌てて逃げる2人」という文も、なんなんだその余裕は。一歩間違ってたら電車にひかれていたという妄想だけで胸がキュッとなる私にとって、線路内立ち入りは「死ぬまでに絶対したくない10のこと」に値するのだ。

 

30年以上生きていれば、もちろん知っている。警報音が鳴ったからって、電車はそんなに早く来ないってことも、遮断機が途切れている部分まで走るか、遮断機をくぐるかすれば大丈夫だってことも。でも、降りてくる遮断機に当たったら打ち所が悪くて死ぬぐらいには思っている。こればかりは性格だからしょうがない。実際、警報音が鳴って踏切を渡らず待っていた私の脳天に、ちょうど遮断機が降りてきて(立つ位置が前すぎた)、死ぬほどびっくりしたことがある。まあ、死んではないけど。

 

では、長縄に入れなかった者の目には、どんな人がスマートに映るか。スマートとは、スタバでMacBook Airをカタカタさせているノマドワーカーのことではない。さらにはプレゼン中、スクリーンに映し出されたパワポ資料であえて前のページに戻ったりする人のことでもない(仕事できる風に見えるやつ)

 

スマートとは、エレベーターで降りるときに「閉」ボタンを押して出て行く人のことだ。アレは、長縄に入れなかった者にできる技ではない。どうしてドアが閉まる前に出られると思うの?挟まれるリスクを厭わないのはなぜ??アレに遭遇するたびに私はちょっと引いているが、大抵アレをするのは男性で、エレベーター内に女性がいたら、かっこよく映るのも事実だ。仕事もできそう。

 

もっとハードルが高いのが、田舎の電車によくあるボタン式ドア。シティボーイズ&ガールズには分からないかもしれないが、田舎には乗客がドアを開閉する電車もあるのだ。あの大物(電車のドア)を前にして「閉」を押して出て行く人こそ、キングオブスマートだ。

 

電車の外側には「開」ボタンしかないため、「乗ったら閉める、降りたら閉める」はマナーなのかもしれないが、人には得意不得意ってものがある。下車するのが自分だけだったとして、「閉」ボタンに片手をかけておいて身体がホームに出てからボタンを押してドアに挟まれないように手を引くなんて、長縄に入れなかった者には到底無理だ。思うに、深夜の自主トレで自動車相手に競うという山縣亮太選手ぐらいだろう、文明の利器に己の瞬発力をもって勝負できるのは。まったく。

 

とはいえ、慎重になりすぎる自分に嫌気がさすことは多い。母に聞くと、慎重すぎて歩き出したのも他の子供より遅かったらしい。大人になった今だって、満員電車で下車する人のために降りようものなら、「二度と乗れないかも」という不安に毎日さらされている。逆に自分が降りるときに微動だにしない人たちに囲まれようものなら、無駄にイライラしている私である。乗れないことも降りられないこともそうそうないのに、だ。

 

「今からバンジージャンプをしに海外に行けますか?」と街頭で声をかけられたとして、私がたとえ奴隷契約を結ばれたアイドルでも断るし、人生観を変えるためにバンジーをするくらいなら、『スタンフォードの自分を変える教室 』か『嫌われる勇気』か『人を動かす』を読む。あと不可解なのは、ダイヤモンドヘッドの頂上で撮ったようなフォトジェニックな写真をインスタにあげている人たち。一寸先は崖みたいなところで安全柵に腰をかけ、どうしてバンザイできるのだろう。みんなちがってみんないいことが、不思議だぜ。

 

でも先日、こんなことがあった。飲み会に遅れてきた人が、来る途中に何もないところで派手に転んだらしく、スーツは破けて腕と膝から血が出ていた。PCが入った鞄も地面に打ちつけたらしい。慎重にしか生きられない自分を呪うことも多いが、自分で自分を褒めたくなった瞬間であり、引き続き己の身体能力を過信しないと気を引き締めた瞬間でもあった。

 

結論、長縄に入れなかった子供は、大人になってからも一生、命を危険に晒してまでフォトジェニックな写真など撮れないし、エレベーターで「閉」を押しながら出るというスマートな行為もできない。でも、だからこそ結果的に法令を遵守し、命を大事に生きているとも言えるのだ。

 

santapi総研